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    「やつぱり、あんただつた」

    「や、さあお上り下さい。さあ――」

    神経質な目ばたきをしながら、練吉は口早に引きとつて云つた。

    それからしばらくの間、房一は来る人ごとに、会ふ人ごとに、見舞の言葉を云はれた。彼等は房一の紅黒い顔をまじまじと眺め、そこにその晩の出来事のかけらでも見つけられでもするかのやうに、又何かしら話をひき出さうとし、同情し、感嘆した。そして、きまつたやうにつけ加へた。

    徳次はすつかり感心したとも、又その反対ともとれる云ひ方だつた。

    と、盛子は大げさに滑稽な顔をしてみせた。

    それから、ゆらりと歩き出すのだ。どこへと云ふことはない。足の向く方へ、と云ふよりは身体の揺れる方へ歩いて行く。背は恐しく高かつた。それに、両腕と肩から胸にかけては著しい筋肉の発達を示していた。その美事な身体にもかゝはらず、全体としての印象には、貧しい境涯に生ひ育つた者に特有な、一眼で相手を信じこむやうな単純さと同時に、絶えず自分の居場所を気に病んでいるやうな臆病さが雑居して感じられた。酔ふと、それが極端に目立つて来る。つまり、誰彼となく話しかけたくて仕様がなくなるし、同時に、相手に莫迦ばかにされているやうな気がして仕方がないのである。いきほひ、彼は思ひもよらない時に傲然となつたり、挑いどみかゝるやうに人前に立ちはだかつたりする。その癖を知つていても、大抵の人は面倒がつて避けるやうになる。すると、徳次は寂しくなつて、どこまでもふらついて行くのである。時には小料理屋の土間に入りこんで又一杯やる。通りすがりの時計店にふらつと入る。それから床屋に寄る。

    見たことのない顔だつた。患者なら玄関から来る筈だ。

    「すると、何ですか、十年契約といふやうなことにでもなすつたんですか」

    道平は顎髯を剃り落してしまつていた。

    と云ふ疳高かんだかい大きな声があたりに響きわたつて房一を面喰せた。

    と、呟き、房一に向つてしきりとうなづいていた。

    「あゝ、さうか。あゝ、さうか」

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