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と云つたまゝ、もの珍らしげに、しばらく眺めていた。それから、相手にその意味が判るやうに微笑をし、目くばせをしながら、
上下のシャツだけといふ奇妙な恰好で房一が台所に降りかけた時、はじめて彼はそこに誰か立つているのに気づいた。
「そんなこと位は造作もない。おれにとつては小指の先の芸当だ」
房一が入つて来るのを見たとき、練吉の顔には意外だといふ表情が浮かんだ。彼は房一の眼を迎へようとして一層高く頭を持上げたが、房一は気づかなかつたので、やがて、練吉はわざわざ座を立つて近づいて来た。
「さうですね。さつきからどうもさうらしいと思つていたんですが、失礼しました」
房一は前の方を向いたまゝだつた。
「まだつて、はじまつたばかりですよ」
「どうぞ」
その一揃ひの紙衣裳を見て、道平はまじめに感心した。
「すると、何ですか、十年契約といふやうなことにでもなすつたんですか」
さう云ひすてて、大きな音を立てて下駄をひきずりながら立去つたのだ。
けれども、ヌルい湯に長くつかっていることは、頭を鎮静させ、時空を忘れた茫々たる無心にさそいこんでくれる。うちの湯殿には灯がないので、ほかの部屋からの光で間に合せ、かすかに光のさす湯槽では、まったく、仮睡状態になるときがあった。インシュリンや電気ショック療法のなかった一昔前の精神病院では温浴療法というものをやったそうであるし、ヌル湯の湯治場では、精神病に卓効ありとあるのが多い。それは、しかし、私の場合のように、こんなに湯の温度に同化して長い時間仮睡状態にふけることができたら、と、註釈が必要ではないかなどと考えた。
紛まがふことなく、それは神原喜作だつた。
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