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    房一はこれまでにも河原町に帰つて一医者としての生涯を始めようと考へないでもなかつたが、老父の道平をはじめ伯父や身内の者すべてがさう希望していると知つたときに、唯々いゝとしてその云ふところにしたがふ気になつた。

    「あの、さきほど往診に出かけましたさうで」

    練吉は意外なことを耳にしたといふやうにちよつと房一を眺めたが、熱心に聞いていた。

    男は病人から房一へぎろりと眼を移すと、

    と、云つた。彼は殆ど房一の前に立ちはだかつた恰好だつたが、もぢもぢして、何だか自分を小さく感じていた。房一と目を合せると、すぐに外らせて、急にぐつたりとした様子になりながら、

    向きなほつて云つた正文の声音は穏かではあつたが、その言葉とは不似合な強したゝかな調子があつた。

    「徳さん。追鮎は君のといつしよに活かしといてもらはうか――どつこいしよ」

    今泉は一寸いやな顔になりかけたが、

    小谷はしばらく放つていた糸を手許にひきよせて、水の中の鮎を眺めながら云つた。

    「だいぶ、様子が変りましたな」

    「よろしい。承知した」

    「患者さんですよう」

    「もはやお膳も据ゑていたゞきましたし、これで十分頂戴いたしたも同然でありますから、甚だ失礼ながらお先きに御免を蒙ります」

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