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「チブスじゃないです。医者は何とか言っていたですが、まあ看病疲れですな。」
徳次は人の好い、いかにもさう信じこんだやうな眼で二人を眺めた。
練吉は路の傾斜のために自然とずり下りかけた自転車を引き上げようとして身体を動かした。そのはずみに、彼の横顔が房一のすぐ鼻先きにぐつと近づいた。練吉の頬はきれいに剃刀かみそりがあてられ、もみ上げから下の青味を帯びつるつるした皮膚にはこまかい汗がにじみ出ていた。そのとき房一は思ひがけなく練吉の匂ひを、髪や香油のそれではなく、何か練吉その人の匂ひを嗅いだ。
「あん」
「えゝ、まだですが――何か御用?」
「いや別に忙しいこともありませんですよ」
「ふん。何でもありやせんよ。大方、腹でも痛かつたんだらう」
「何を云うとる。すまじきものは宮仕へ、といふぢやないか」
さう云つたのは庄谷だつた。房一がその方をふり向いた時、庄谷の白味がちな小さな眼が意味ありげに更に細くなつたところだつた。そのまゝにやりとして、
この時さう云ひながら座に入つて来た者があつた。それは今泉だつた。
夜になるとその谷間は真黒な闇に呑まれてしまう。闇の底をごうごうと溪たにが流れている。私の毎夜下りてゆく浴場はその溪ぎわにあった。
「はあて、神主さんになるのもえらいもんだのう」
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