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「そうしてそのお松と言う女は?」
「へゝえ、わしらは用意がえゝですからね、あんな蜜柑箱みたいなもんはすぐこはれるにきまつてるから、家を出るときこゝにつけて来たんでさあ」
と、敬遠するとも小莫迦にするとも見える頭の下げ方をして、さつさと行つてしまふのであつた。
「鬼倉といふのは女を二人置いとるさうぢやないか」
練吉はまだ眼鏡を手にしたまゝ、不自然に大きく見える眼を極端にぱちぱちさせ、ぢつと房一の顔をのぞきこんでいた。彼は今さつき、突然の房一の来訪でよび起されたのである。
「徳さん、君は草履ばきぢやないか」
「ほう、さうか。毎年あるのかね。そいぢや、これから度々見られるわけだな」
「さうですか。それは――」
「ふむ。悧巧者だな、お前は」
「何者かつて云ふが、そもそもこゝで半鐘をたたいたから集つて来たんだぜ」
「あら、お帰んなさい。随分早かつたのね。もう済んだんですか」
房一は無意識に微笑しながらその眼を迎へた。正文はそこに、医者といふよりはまだ世間慣れのしない弁護士のやうな男が、土饅頭を思はせるやうな円まつちい顔を一種恭々うやうやしげな面持でかしこまつているのを、その厚いふくれた唇が不器用な微笑を浮べているのを見た。それは何となく可笑をかしみのあるものだつた。
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