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    馬喰達はそつと肱をつゝき合つた。徳次は「鬼倉」といふ言葉を聞いた。そのとき、彼のきよろりとした、酔つた眼の中には、突然いかにも心外さうな、又跳ね上るやうな色が動いた。彼はちよつとぐらりとし、目をつむり、それからぐつと男の方を挑いどむやうに眺めた。馬喰達は小声で、出よう、と云つた。が、徳次はきかなかつた。もう一度大きく上半身をぐらりとさせ、大声で、

    「居なくたつて訴訟はいくらでもできらあね」

    「もう、だいぶようなつたですわ」

    と、房一は机の上に虫の卵の形を書いてみせた。

    相手が急に三人にふえたためか、柵の中の長身な男は一層興奮した。

    「おれは!――」

    かういふことになると、彼の話振りには一種の無邪気さが現れて釆る。

    「往診?ふむ、ふむ」

    房一が入つて来るのを見たとき、練吉の顔には意外だといふ表情が浮かんだ。彼は房一の眼を迎へようとして一層高く頭を持上げたが、房一は気づかなかつたので、やがて、練吉はわざわざ座を立つて近づいて来た。

    「今日はほんの御挨拶に上つたので、いづれ又ゆつくり――」

    「ほう、さうか。毎年あるのかね。そいぢや、これから度々見られるわけだな」

    かうして、房一の帰郷開業はその生涯を劃する大きな変化でもあつたが、同時にあの古風な河原町の人達にとつても眼を瞠みはるやうな事件であつた。房一はめつたにない成功者として目された。地方の新聞には彼の苦学力行を賞讃する大きな記事が出た。

    坐につくとすぐ固苦しい挨拶をはじめた房一に向つて、その気重い調子を払ひのけでもするやうに、老医師の正文は口早やに云つた。

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