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    「いや、もう御免蒙つて脱いで行かう」

    さう呟くと、小谷は追鮎の力を試すやうに竿を高く上げてみた。彼のきいきい云ふ金属性の声は、こんなひとり言のときでも絶えず房一に向つて話しかけたがつているやうであつた。

    さう云つたのは庄谷だつた。房一がその方をふり向いた時、庄谷の白味がちな小さな眼が意味ありげに更に細くなつたところだつた。そのまゝにやりとして、

    二人は自転車をひきずつたまゝ近よつた。

    道平は納得したやうにうなづいたが、又ゆつくり身体を坐りなほすのと一緒に、

    「本日は、私ごとき者までお招きに預りまして」

    さう声に出してみた。そして犬の方をふりかへつた。犬は彼の方を信頼にみちた眼で見上げ、しなやかな尾を振つた。

    こんな風でありながら、盛子は小ざつぱりと身ぎれいで、いつの間にそんな雑用を片づけるのかと思はれるほどだつた。いくらか背高ではあつたが、その身体つきにはふしぎな柔味が感じられた。それは娘の頃のまとまりのない柔さではなく、成熟した靱しなやかな柔味だつた。彼女自身はさういふ結婚後の肉体上の変化に気づかなかつたが、それは無意識のうちに感じている房一との結婚生活の幸福さを意味するものだつた。

    「いや、わしは出んぞ」と叫んだ。

    「なあんだ、まだ訴訟してるのか」

    「あんまり、ぢつとしとつてもな、身体が生なまに、なるもんぢやから」

    今頃になつて、男はさう訊き、盛子がそれに答へる前に、ひとりでうなづいていた。

    と、誰かが大声で叫んだ。

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