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「よからう」
「さつき着いたばかりの新聞で見たんだがね、――堀内将軍がいよいよ凱旋されるさうだ」
宿の浴衣ゆかたを着たままで行く人もあるが、行儀の好い人は衣服をあらためて行く。単に言葉の挨拶ばかりでなく、なにかの土産みやげを持参するのもある。前にもいう通り、滞在期間が長いから、大抵の客は甘納豆とか金米糖とかいうたぐいの干菓子をたずさえて来るので、それを半紙に乗せて盆の上に置き、御退屈でございましょうからといって、土産のしるしに差出すのである。
かういふことになると、彼の話振りには一種の無邪気さが現れて釆る。
「おれはまだ一本立ちの医者といふわけにはいかない」
「大きいやつだねえ」
徳次は自分のことのやうに熱心に路順を考へた。
「いや、鳴つた。出張所の鐘がたしかに鳴つていた」
房一は生返事をしてからふり向き、うなづいて見せた。彼はよく聞いてはいなかつた。
小谷は仰山ぎやうさんな表情になつた。
「いや」
「どうも遅くなりまして――」
これらの、過去一年あまりの中に或ひはひよつこりとした凸起をなし、或ひはまはりをぼかしたまゝ遠のいているさまざまな出来事のうちで、たつた一つのことが抜け出し、それは一向に過ぎたことにならないで依然としてつゞき、絶えず現在として変化し、房一に或る影響と関心を与へているものがあつた。たつた一つ――それは盛子の妊娠であつた。
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