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その外から見れば屋根と築地塀だけのやうな家の前で、三人の男が立つてしきりと話していた。
盛子ははじめ打明けたとき、房一が悦んで早速念入りに診てくれるものと思ひこんでいた。彼はたしかに驚いて、ぽかんと口を開けさへした。それからまじまじと盛子を見つめ感心したやうに、「ほう、さうか」と呟いた。が、それだけだつた。一二度症状を訊いたきりだつた。つはりだつて、あるかないかわからない位軽くはあつたが、別に注意している様子もなかつた。盛子は時折診察を求めたが、房一は生返事をして、何かしら尻りごみするやうに、臆病げな目つきでちらりと盛子の下腹部を眺めるだけであつた。盛子の心にしだいに疑惑が生じた。「ひよつとしたら、あの人は子供ができたのを悦んではいないのではないかしら」それから、「つまり、私といふ者を愛してはいないのではないかしら」と。この思ひもよらない考へは、他に考へやうがないために、いかにも本当らしく見えた。たうとう、盛子はなまめかしい発作を起して、房一につめよつた。
房一は彼等の姿が消えてからもしばらくの間、ぼんやり元の椅子に腰をかけて、たつた今彼等がそこを曲つて行つた入口の土塀、それで一所だけ区切られた表の道路、その向ふに稍高手になつた畑地、といつたやうな物を漠然と眺めていた。
尿には蛋白質はなかつた。排便を顕微鏡でのぞいてみた。いる、いる。蛔虫に十二指腸虫の卵がうんとこさ見えた。
「さうだ」
「ね、大石さん。今夜一つ私のところで慰労宴をやらうといふんですがね。あなたもぜひどうですか。この三人だけでね」
房一の顔は重々しい沈思の表情と太い興奮の色とで紅黒く、やはり膏汗が漲つていた。
庄谷はほんのしるしだけにちよつと頭を動かしたが、やつと相手が誰だか思ひ出したらしく、その細い眼が急に徴笑した。
他に通る人とてはない、この広濶な坂の一本路で、二人はいやでも顔を見合はさずにはいられなかつた。近づいて来る自転車の車体には房一の往診用の黒革の鞄と同じ格好のものがとりつけられていた。房一には相手が誰かといふ見当が今は疑ひなくついていた。恐らく、先方にも房一が判つたにちがひない。
房一は酒が不得手だつた。ところが、相沢も家業に似合はず呑めない口と見えて、二人の間には手もつけないまゝで生温くなつた銚子が二三本も置かれていた。こゝでも房一はもう会ふ人ごとに聞かれてうんざりしている医者となるまでの経歴を、相沢の問ひに答へてぽつりぽつり話さねばならなかつた。
「それで、何かね。ドイツ兵は徒歩てくで通るんかね」
木柵の男は、稍ひるんだ風に一寸黙つていたが、そんな風に怒鳴られることに慣れてもいず、又予期していなかつたらしく、押し返すやうに低いバスの音で云ひ返した。それはどこか、命令することに慣れた、威圧するやうな響きを含んでいた。
笹の葉の下から現れたのは頭から尾まで黒々と廻り、全体に円味がつき、所々の鱗が金色に光つていた。
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