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    鬼倉は一瞬、相手を地着きのごろか何かと思つたらしい、一種の殺気をひらめかした。

    だが、房一よりも堂本の方がもつと慌てていた。彼はいきなりそこに痩せた身体をしやちこ張らせてかしこまると、

    だが、房一はそれを感ずれば感ずるほど、何かしら云ひがたい不安を覚えた。それは、病症の不明な患者に対するときに間々あるやうな技術的な不安ともちがつていた。一種肉体的な恐怖、とでも云ふやうなものだつた。

    「ふん」

    と、房一は練吉の顔を見て思ひ出したらしく、

    「やあ、来てますね」

    「それあ、あんた」

    と、相手は慌ててその筒抜けな声を庫裡の居間に向けて放つた。

    と、酒が少し入るとすぐ真赤になる性質の房一は、その紅黒い顔を火照ほてらせ、円い身体を持扱ひかねたやうになつて訊いた。

    「さうですつてね」

    今泉は元陸軍の下士官であつた。退役後彼は河原町に帰つて役場につとめた。生れは河原町の在で、そこに帰れば自作農程度の田地があつたが、どういふものか野良仕事がすつかり嫌ひになつていた、彼は聯隊か、師団司令部の表札がいつまでも好きだつた。彼の話の中には聯隊長だとか師団長だとかがよく出て来た。又、自分の下士官時代の上長官の名をよく覚えていて、時々異動の発表されるごとに新聞紙を丹念に読み、「ほう、少将進級か」とか、「ふむ、アメリカ大使館附か」とか、しばしば感嘆の声を洩すのであつた。

    練吉は一人で感心し、それでも足りないと見えて、房一に呼びかけた。

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