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    「それは惜しかつたですな。私などとちがつて学資の心配はなかつたでせうし」

    道平はまるで大きな輪がゆつくり廻つていて、その一点の結び目が眼の前に現はれたときにやつと口を開くかのやうであつた。

    だが、やつぱり戻らないで、しきりとこつちを見ながら行く。

    ほんとにさうだ、忙しい身分なんだ、どうしてそこに気がつかなかつたらう、――と、徳次は瞬間本気にさう考へ、自分のはしたなさを悔くやんでいた。

    房一が入つて来るのを見たとき、練吉の顔には意外だといふ表情が浮かんだ。彼は房一の眼を迎へようとして一層高く頭を持上げたが、房一は気づかなかつたので、やがて、練吉はわざわざ座を立つて近づいて来た。

    「これはどこに置きますかね、この漬物桶は。――はい、はい。どつこいしよ、と」

    と、房一は急いで頼んだ。加藤巡査は一瞬、不安な面持をした。が、房一の態度が決然としていたのと、急策としてはそれより他にないことも明かだつたから、直ちに承諾を与へた。

    半ば感心し、半ば疑はしさうに、彼は指を自分の眼に向けてみた。

    「うむ、何かあ」

    さう呟くと、小谷は追鮎の力を試すやうに竿を高く上げてみた。彼のきいきい云ふ金属性の声は、こんなひとり言のときでも絶えず房一に向つて話しかけたがつているやうであつた。

    房一は生返事をしてからふり向き、うなづいて見せた。彼はよく聞いてはいなかつた。

    房一は慌てて、診察にかゝつた。その後で彼は云つた。

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