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練吉は今更のやうに、あらためて房一の様子を、その新調の自転車や医者らしい鞄などに目をやつた。すると、それらは今新しく練吉の前に彼の持物と同じものを感じさせ、更に、今まで耳にしていたものの、つひぞ気にもとめずにいた医師高間房一といふ人物がそこに忽然と姿を現しているのをいやでも見なければならぬと感じさせた。それは何故かどこかで練吉の自負心を傷つけ気を苛立たせるものだつた。
「高間さん、ひとつ何とかして引上げさせて下さい。このまゝでは――」
「はあ」
彼は自転車[#「自転車」は底本では「自転者」]にのつた。走り出した。風が頬をかすめた。房一の紅黒い、生真面目な、醜い、厚ぽつたい顔が目の前にのこつていた。
「いつこちらへお帰りでしたか」
「坑には入つてみたんかね。あすこはもう何年も入つた人がないちふことだが」
練吉は眠気から覚めたやうに、
練吉は永い間黙つていた。それから、いかにもいやいやな調子で、
「おつ!こりあいかん」
「小倉組といふと、下の工事場の方ですな」
徳次は人の好い、いかにもさう信じこんだやうな眼で二人を眺めた。
「どうもおれは、身近かな者だと平気で診られないんだね」
この時、練吉が又小耳にはさんで訊き返した。が、明かにそれはさつきの小耳訊きとは様子がちがつていた。殆ど一人で盃を傾けていたせいもあるが、つい今まで沈んでいた練吉は僅かの間に一足とびに深い酔の中に入りこんでいた。
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