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    と、徳次は足を踏ん張つたまゝ今泉に云ひかけた。こんなに彼の方から話しかけるなんてことは滅多になかつたので、よほど虫のいどころがよかつたのだらうが、それでもいつものあの愚弄するやうな色は争はれなかつた。

    と、父親の顎のあたりに又目をつけた。

    「あら!いらつしやいませ。ようこそ。――ほんとうに、よくまあ!」

    「何しろ、わや苦茶だ」

    突然、練吉の顔には一種の生気が、何となくもう一人の練吉といつた風なものを思はせる疳の気配、子供染みた我儘さが顔にさし、あのひつきりのない目瞬またゝきが止んで、切れの長い目が眼鏡の奥でぢつと線を引いた。

    「ごめん下さい」

    最後に行つた家は河上の小一里るある辺で、そこいらは人家は数へるほどしかなく、河つ縁ぷちに沿つた段々畑の中を幅の広い国道だけがほの白く浮いて、次第下りに河原町の方へつゞいていた。軽くペタルを踏むだけで、彼の乗つた自転車は半ばひとりでに快い同じ速度で走つた。

    小谷の店では実にあらゆる品を売つていたが、その中には僅かだが薬品類もあつた。したがつて、高間医院は小谷にとつて多少のお得意先でもあつた。今では、小谷は心易立てに注文のあつた薬品を「店主自から」ぶらさげて房一の所へ持つて行き、そのまゝ話しこむやうになつている。

    馬喰達は出て行つた。徳次は残つた。一人でぶつぶつ云ひながら、宛かもそれで勇気をふるひ立たせようとするかのやうに、さかんに身体をぐらぐらさせた。その度に、彼の敵意は露骨になつていつた。橋本屋の主人は何とかしておとなしく引上げさせようと骨を折つた。が、それはかへつて徳次を興奮させた。主人の引きとめる手を払ひのけながら、彼はつひに鬼倉の前にどかりと坐りこんだ。

    「ほう、この家鴨あひるの嘴みたやうな金具は、こりや何かな。ほう、こりやよく光る小刀だな。こんなに何本も何に使ふのかな」

    向きなほつて云つた正文の声音は穏かではあつたが、その言葉とは不似合な強したゝかな調子があつた。

    「なに?」

    ドイツ潜航艇の英商船撃沈はその年の一月頃からはじまつていた。日本も交戦国の中に入つていたにちがひないが、商船の被害も大したことはなく、日本の艦隊は太平洋方面に出動しているらしかつたが、南洋占拠をのぞいては格別報道されることもなく、したがつて欧洲大戦による日に上昇する好景気の他には、戦争をしている気分は殆どなかつた。

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