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房一の態度が穏かだつたので、相手はいくらか落ちついた。
鬼倉は一瞬、相手を地着きのごろか何かと思つたらしい、一種の殺気をひらめかした。
「まあ、いゝでせう。せつかくぢやありませんか」――
実際盛子をせき立てることは何もなかつた。房一は上着だのズボンだのを脱ぎながら一人で慌てていた。何かしら騒ぎだつた。ネクタイがうまくとけなかつた。カラアが外れにくかつた。靴下から足が抜けなかつた。これらの物を畳の上にまき散らかせ、足にひつかけしながら、房一はそこらを高麗鼠こまねずみのやうにぐるぐる舞ひをした。それは図体が大きく不器用なだけに恐しく滑稽だつた。盛子は笑ひながら房一について歩き、その腕からワイシャツを巧みにはぎとり、散らかつた物を手早く始末した。
稍意地の悪い、きびしい調子であつた。
と、徳次は足を踏ん張つたまゝ今泉に云ひかけた。こんなに彼の方から話しかけるなんてことは滅多になかつたので、よほど虫のいどころがよかつたのだらうが、それでもいつものあの愚弄するやうな色は争はれなかつた。
徳次は答へることができないで、又あの不器用な笑顔をつくつた。それから、船がごとんと岸に突きあたるはずみに、房一の前にとび降りると、突拍子な調子で
「ほう、クレーといふのはカワラケのことかね」
「ふむ、トンネルのハッパだな」
「どうも遅くなりまして――」
「もう、だいぶようなつたですわ」
今泉にはやつと徳次の考へていることが判つたので、熱心に説明した。
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