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    練吉は、癖だと見えて、折角きちんとかぶつて出たカンカン帽をいきなり指で突き上げて阿弥陀あみだにすると、いかにもだらりとした様子で歩き出した。それは、さつき別人の観があつた、てきぱきした、俊敏な医者らしい練吉から、もとの彼に逆もどりした風であつた。

    「本日は、私ごとき者までお招きに預りまして」

    「すると、何ですか、十年契約といふやうなことにでもなすつたんですか」

    「あの訴訟はどうなつたのかね」

    房一がそこへ出るのと、さつきの二人が表から入つて来るのと同時だつた。

    「消防演習だ?ふむ、よからう。そんなら訊くが、かうしてみんな集つて騒いでいるのは何のためだか知つてるか」

    それからしばらくの間、房一は来る人ごとに、会ふ人ごとに、見舞の言葉を云はれた。彼等は房一の紅黒い顔をまじまじと眺め、そこにその晩の出来事のかけらでも見つけられでもするかのやうに、又何かしら話をひき出さうとし、同情し、感嘆した。そして、きまつたやうにつけ加へた。

    房一はそれに目をとめていたが、急に強い口調で、

    「ね、どこも悪くない。だが、その丈夫な身体の中に虫が巣をつくつとる。いゝかね、心臓病とか腎臓病とかいふやうなものではない。虫を駆除する、つまり身体から出してしまへばあんたの身体はもと通りぴんぴんして来る。悪い虫だが、とつてしまへばよいのだから、他の病気よりは性質はいゝと云ふことになる。――判つたかね」

    このポインタアの雑種は、房一の往診にはどこへでもついて来た。いゝ路づれだつた。

    「徳さん。追鮎は君のといつしよに活かしといてもらはうか――どつこいしよ」

    「どうも、済んまへんでした」

    「さうですつてね」

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