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徳次は人の好い、いかにもさう信じこんだやうな眼で二人を眺めた。
「お髯がなくなりましたわ」
一座はしづまり返つていた。何か緊迫した気配があつた。――とにかく、それは予定の中には入つていなかつた。こんな風に突然誰かが立上り、荒々しい声を張り上げ、何を云ひ出すか判らないのにぢつと膝をついて聞いていなければならぬとは!
はじめの中は房一の傍で指南顔に見ていた徳次も、やゝ下手の流の中につゝ立つて、身動きもしない。ほつそりした身体つきの小谷は、いつのまにか対岸に渡つていて、これも深い黙想に似た形に稍首をかしげて凝然ぎようぜんとしている。獲物はちよつと途絶えたが、しばらくすると又掛りはじめた。
「知吉さんはこれまで散々踏みつけられて来たんだから、自分が戸主になつてみるとこれまでの腹いせといふ気もあるんでせうな」
直造は、然し、突嗟とつさのうちに考へをまとめることができなかつた。彼はあの慇懃な荘重さをとりもどしていた。が、何となく悄しをれた所のある物腰で、房一の挨拶を受けたのだつた。
「さつき着いたばかりの新聞で見たんだがね、――堀内将軍がいよいよ凱旋されるさうだ」
「いゝ恰好で!」
自動車が動き出した時、練吉は唇のはしをびりびりさせ、あの切れ目の顔に何かしら水をかけられたやうな表情になりながら、
「いや、――わしはそんなこたあ嫌ひだ」
だが、今日は徳次の方でめづらしく今泉の近づいて来るのを待つていた。といふのは、今泉の方でも遠くから徳次を見つけるや否や、声にこそ出さなかつたが、何か話すことがありさうな様子で、急ぎ足になつたからである。
「どうも、やつぱりねえ。調子が悪い」
そこには、ついこなひだまで足ならしのよちよち歩きをしていた筈の道平が、本家の孫息子につき添はれてではあつたが、ちやんと一人立ちになつて、ゆつくりゆつくり足を踏み出していた。病後で彼の顔は大分変つていた。その左側の半分には、まだ心持ひきつゝたやうな痕跡がのこつて、したがつて、そつち側だけの眼と唇がいくらか引つ張つたやうになつている。だが、その不自由な表情の中には何か懸命な、かうして歩いて来たことを見てもらへるといふ悦びが明かに漲みなぎつていた。
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