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    「ねえ、高間さん。どうもこの追鮎は背中に掛り傷があるんで元気がないですよ」

    神経質な目ばたきをしながら、練吉は口早に引きとつて云つた。

    と云つたまゝ、盛子は房一の顔を見てくすりとした。そして、ばさばさ音をたてて大きくひろげてみせた。それは神官の着るやうな袍はうだの指貫さしぬきに模したものだつた。おまけに、ボール紙で造つた黒い冠、笏しやくの形をした板切れ、同じく木製の珍妙な沓くつだのいふ品々が揃つていた。

    その時、彼等は近くに坐つている房一に気づいた。話に出ている鍵屋の分家とは、まさに房一の借りている家のことだつたし、その所有者は神原喜作にちがひなかつたから。

    「あんまり、ぢつとしとつてもな、身体が生なまに、なるもんぢやから」

    「いやあ、全く」

    「まあ、のみなさい」

    かうして、房一の帰郷開業はその生涯を劃する大きな変化でもあつたが、同時にあの古風な河原町の人達にとつても眼を瞠みはるやうな事件であつた。房一はめつたにない成功者として目された。地方の新聞には彼の苦学力行を賞讃する大きな記事が出た。

    「えらい評判ですなあ。けつこうですよ。ぜひ話しに来て下さい。わたしはこんなにいつもひまですからな」

    「あの山に田地を注ぎこんで裸になつたのは三人、わしも知つとる」

    「往診ですか」

    「あれは本当ですかね、相沢さんが訴訟を起したと云ふのは?」

    「坑には入つてみたんかね。あすこはもう何年も入つた人がないちふことだが」

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